東京地方裁判所 昭和61年(ワ)5789号 判決 1988年1月22日
原告
阿部敏明
右訴訟代理人弁護士
北河隆之
被告
伊藤守
同
伊藤綾子
被告両名訴訟代理人弁護士
小田原昌行
主文
一 被告らは、各自、原告に対し四四二万九七四〇円及び右金員に対する昭和五七年一一月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告らの各負担とする。
四 この判決は一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求める裁判
一 原告
1 被告らは、各自、原告に対し八三五万一三三二円及びこれに対する昭和五七年一一月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 被告ら
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 原告の請求原因
1 事故の発生
(一) 発生日時 昭和五七年一一月一七日午後二時ころ
(二) 発生場所 板橋区小茂根三丁目一五番二号 環状七号線外回り車線
(三) 加害車 軽四輪貨物自動車(足立四〇き五〇八五、以下「加害車」という)
(四) 右所有者 被告伊藤守(以下「被告守」という)
(五) 右運転者 被告伊藤綾子(以下「被告綾子」という)
(六) 被害者 原告
(七) 事故態様 前記場所において赤信号に従い停止中の原告運転の普通乗用自動車(群五七る一〇一〇、以下「被害車」という)の後部に、被告の運転する加害車が追突したもの(以下「本件事故」という)
2 責任原因
(一) 被告守は加害車を所有し、自己のために運行の用に供していた者であるから、本件事故により原告の被つた損害を自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という)三条に基づいて賠償すべき責任がある。
(二) 被告綾子は、事故当時、加害車を運転していたものであるが、前方注視を怠り、自車を被害車に追突させたものであるから、民法七〇九条に基づき、原告の被つた損害を賠償すべき責任がある。
3 傷害の程度と治療経過
原告は、本件事故により「外傷性頸椎症候群及び腰部捻挫(椎間板ヘルニアの疑い)」の診断を受け、昭和五七年一一月一七日から同年一二月二〇日まで西荻中央病院に、その後昭和五八年二月八日から昭和六〇年四月五日まで池内整形外科医院に転院の上通院して治療を受けた。
原告の傷害は、右治療によるも完全には回復せず、昭和六〇年四月五日症状固定と診断されたが、「外傷性頸腕症候群、腰椎椎間板症」の後遺障害により、自賠法施行令二条別表掲記の後遺障害等級(以下「後遺障害等級」という)一四級との自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という)の事前認定を受けている。
4 損害
(一) 治療費 五万九七四〇円
総治療費二一〇万三一七〇円のうち二〇四万三四三〇円が支払ずみであり、その残額。
(二) 通院交通費 二〇万七八四〇円
(三) 傷害慰謝料 四〇〇万円
総通院期間は、事故日から症状固定日まで八七〇日であり、総通院実日数は四七八日である。
(四) 後遺障害慰謝料 一五〇万円
右慰謝料金額については、被告らの示談交渉における不誠実極まりない態度が十分斟酌されるべきであり、通常の場合の基準額よりも増額されるべきである。
(五) 後遺障害による逸失利益
一五八万三七五二円
原告の後遺障害が固定したのは昭和六〇年四月五日のことであり、原告の昭和六〇年分の年間収入金額は四一〇万二〇八〇円であるところ、労働能力喪失率五パーセント、労働能力低下期間は短くとも右固定日から一〇年はみるべきである(原告は単なる鞭打症ではない上、原告守の契約損害保険会社である訴外日動火炎海上保険株式会社(以下「日動火災」という)からの督促に応じて後遺障害診断書は取つたものの現在でも後遺障害に苦しんでいる毎日である)。したがつて、逸失利益は、中間利息控除につきライプニッツ方式に依拠して算定すると一五八万三七五二円となる。
410万2080円×0.05×7.7217
≒158万3752円
(六) 弁護士費用 一〇〇万円
原告は、本件訴訟の提起、追行を原告訴訟代理人に委任し、同代理人の所属する東京弁護士会の弁護士報酬会規にのつとり着手金及び報酬金を支払うことを約束したが、その内一〇〇万円は本件事故と相当因果関係のある損害というべきである。
5 よつて、原告は、被告ら各自に対し、損害賠償金八三五万一三三二円及びこれに対する本件事故発生日である昭和五七年一一月一七日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 被告らの認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の被告らの責任原因事実は認める。
3 同3は、原告が後遺障害等級一四級の事前認定を受けたことは認めるが、その余の事実は争う。原告には、本件事故によりその主張のような傷害は発生していない。原告の主張は詐病である。本件事故は、追突時の痕跡もほとんど残らないほどの軽微なものであり、仮に、原告に主張のような症状があるとしても、本件事故とは因果関係がない。原告の職業上長時間の運転を要することから生じたものとみるのが妥当である。
4 同4の事実は不知ないし争う。なお、示談は、被告らが日動火災を通じて四〇〇万円を呈示し誠意を尽くしたにもかかわらず、原告が八〇〇万円という法外な請求をしたため不調に終つたものである。
5 同5の主張は争う。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因1(事故の発生)及び2(責任原因)の各事実は当事者間に争いがなく、被告らは共同不法行為者として、原告に対し、本件事故により生じた損害があるときはこれを賠償すべき責任がある。
二そこで、原告の受傷の有無、程度につき判断するのに、前記争いのない事実に<証拠>を総合すれば、原告は、赤信号のため停止中運転席に座つたまま上体を伸ばしてかがみ込み助手席前の床に落ちた荷物を取ろうとしたところ加害車に追突されたこと、被告綾子は信号が変り被害車が停止したのを見て停止しようとしたが、同乗の病気の子供に気を取られて制動措置が十分でなかつたために止まりきれず、時速約一〇キロメートル程度の速度で同車に追突してしまつたこと、右追突の衝撃は被害車の後部バンパーにわずかな凹損を与えた(これによる修理代は一万三四〇〇円であり、被告らのいずれかが支払つたものと推認するのが支払方法(現金の直接支払)及び弁論の全趣旨に照らし自然というべきである。なお、詐病を湖塗するために修理行為を仕組むのであれば、かかる僅少額の修理費用にとどめることはしないであろう)程度のものであつて、通常の姿勢を取つていれば身体に傷害を生ぜしめるようなものではなかつたこと、しかしながら、本件事故の際には前記のように極めて不自然かつ無防備の態勢であつたため、不意を突かれた原告は外傷性頸椎症候群及び腰部捻挫(なお、西荻中央病院の診断書(甲三号証)には「椎間板ヘルニア発症の疑いがある」との西荻中央病院村上富吉医師の付記があるが、右の趣旨は既応症があるとの趣旨ではないが、本件事故をきつかけとして潜在的要素が基で発症した可能性があるとの趣旨である)の傷害を負い、西荻中央病院(昭和五七年一一月一七日から同年一二月二〇日まで三四日間に一二日)、池内治療院、池内整形外科医院(昭和五八年二月八日から昭和六〇年四月五日までの二年二か月の間に四六六日)通院して治療を受け、右同日症状固定の診断を受けたが、外傷性頸腕症候群、腰椎椎間板症による後遺障害があるとして後遺障害等級一四級の自賠責保険事前認定を得たこと、症状の推移をみるに、原告はレントゲン写真等では頸椎、腰椎に明確な他覚的変性所見はみられなかつたものの、事故後一週間を経たころから症状が悪化し始め、頸部、腰部痛、しびれ感等のほか首が回らない、腰・肩が鉛のように重い、右足の痛み及びこれによる跛行等の症状を呈するようになつたが、生活を維持するため右程度の身体の不具合では休業して安静療養を行うこともままならず、右症状を押して外回りの営業の仕事を続けざるを得ず、また、右業務の性質上長時間の自動車運転に従事することを余儀なくされる毎日であつたこと及び受傷の内容・程度から治療方法も投薬、理学療法以上に効果的なものもなかつたことなどから治療期間も長びき、ようやく昭和六〇年四月五日ころには、池内整形外科通院当初ころ所見を得ていた頸椎部の自然湾曲の変性も改善され、症状固定に至つたものであること、そして、右固定時後もなお残存した頸部、後頭部、両肩、両肩甲骨の疼痛、しびれ感、両上肢特に右第一、第四指の知覚鈍麻、脱力感、頸部の運動痛、腰痛、両足背・足底のしびれ感等の自覚症状も当審における原告本人尋問の行われたころ(昭和六一年一二月五日)には消失したことの各事実が認められ、<証拠>中右認定に反する部分はその余の前掲各証拠に照らし信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
右事実によれば前記認定の原告の症状は腰痛の点も含めすべて本件事故と相当因果関係があるというべきである。
三進んで損害について判断する。
1 治療費 五万九七四〇円
<証拠>によれば、原告は未払治療費として五万九七四〇円の損害を被つたことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。
2 通院交通費 一七万円
原告が前記通院のため相当の交通費等諸雑費の支出を余儀なくされたことが推認されるところ、原告は右損害として二〇万七八四〇円を請求するもののその算定根拠及び証拠が明確ではないので、控え目にその請求額のほぼ八割に当たる一七万円を右損害として認める(なお、右請求額は通院一回当たり四三八円となり不当なものとは思われない)。
3 後遺障害による逸失利益 〇円
原告は症状固定後もなお二年程度は前記の自覚症状に悩まされ、就業に支障をきたしたことが推認に難くはないが、これによる減収の事実を認める証拠はなく、また、前記認定のとおり、その後は右症状が消失し、前記認定の本件事故の態様・程度、受傷の内容・程度に徴し、将来収入の減少をもたらすような労働能力への支障が生ずるものとは予測し難いから、結局原告の逸失利益相当の損害賠償請求は理由がなく、失当というべきである。
4 慰謝料 三七〇万円
本件事故は被告綾子の一方的過失による追突事故であること、原告の受傷の内容・程度、減収こそもたらさなかつたものの、右は原告の努力により阻止されたものであつて、原告はこの間長期にわたり後遺障害に悩まされつつ就業を余儀なくされた事情、一方的加害者である被告らの取つた本件紛争解決のための対応の経緯(前記認定事実に<証拠>によれば、被告らは二〇〇万円余のかなりな高額の治療費を保険により支払つたほか、自ら修理費用一万三四〇〇円及び見舞金四万円を支払うなどして本件事故の結果に対する責任を果たそうとしたことは評価されるが、他方、被告らは原告には何らの被害もないものと速断し、何らの連絡もしないなどそもそも本件加害行為を生ぜしめたことについて規範意識が乏しく、加えて原告の訴えをすべて詐病として一蹴し、保険会社である日動火災に紛争の早期かつ終局的な解決を行わせる努力を怠り、そのためかどうか日動火災の担当者においても一たん四〇〇万円の示談額を呈示し、原告がこれに応じる事態に至りながら(原告が本件事故を奇貨として八〇〇万円を要求したことをうかがわせる証拠はない)、一転原告の症状を詐病として争い交通事故紛争処理センターのあつせんを拒否し本訴提起に至らしめたものであること、原告は本件紛争処理のため右紛争処理センターのほか日弁連の交通事故相談センターに再三赴き解決を求めようとしたが適わず、遂に弁護士を選任し本訴提起のやむなきに至つたなどの事情が認められ、<証拠>中右認定に反する部分は措信できない)、その他本件審理の経緯及びそれに顕れた一切の事情を考慮すれば、本件事故により原告が被つた精神的苦痛に対する慰謝料は三七〇万円を下るものではないと認めるのが相当というべきである。
5 弁護士費用 五〇万円
弁論の全趣旨により原告が本訴の提起及び追行を原告訴訟代理人に依頼し、相当額の報酬等弁護士費用の支払を約束したことが認められるところ、本件事故と相当因果関係のある右費用相当損害金は、本件事案ないし紛争の難易度、本件審理の経緯、訴訟活動の内容等を考慮すれば五〇万円と認めるのが相当である。
四よつて、原告の本訴請求は被告ら各自に対し損害賠償金四四二万九七四〇円を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官藤村啓)